槇野進也YOGAダイアリー
ヨガ指導者がつづる 健康と幸せの流れに乗るブログ
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『ヨーガ修行記2008』第103話~内観編・終「生まれ変わり」



 
 最終日は2度の内観と面接で終わり、
座談会で締めくくられる。




 応接間には真栄城氏と私、もう一人の内観者の男性、
それに研修所2階で内観していた女性の4人が顔を合わせた。
そして、ひとりひとりが感想を述べていった。





 
 たたみ半畳の世界は摩訶不思議な空間だった。
「こもる」ということに最大の秘密がある。
そして、創設者吉本伊信氏が考案した
「世話」「返し」「迷惑」の内観3項目。
これが内観者をして自省の念へと向かわせるのだ。
自分の過去の行いの愚かさ、醜さ、弱さ…、を反省する気持ち、
懺悔の念と言い換えてもいい。




 苦しい作業だった。
だが、ただ単に落ち込む、凹むといった
自己憐憫の次元ではなかった。


 

 自らを奈落の底へと突き落とす。
やがて暗闇から光が、過去から未来が見えてくる。
生きる希望、明日への活力がハラの底から湧き上がってくる。
神秘的なココロの働きだ。






 私は感想を話しながら、こみ上げてくる熱い感情を
抑えることができなかった。
 ふと氏の方を見ると、氏もまた目頭を熱くさせていた。
私はこの方に出会えて本当に良かった!








 見送りを受けて1週間ぶりに外に出た。
まるで冬眠から覚めた熊のようだ。
 人々の営みの躍動感が伝わる。
私は奈良の古い町並みを闊歩した。




 外は素晴らしく晴れ渡っていた。
風もやわらかだった。




 「嗚呼、ココロの洗濯ができた!
何だか生まれ変わりを得た気分だ」






 ここから向かう先は決まっている。
家族に会いに行こう!
話したいことがたくさんある。




 奇しくも明日は、母の誕生日だった。









                   ~第104話に続く~









関連ページ 『ヨーガ修行記2008』~これまでの話
関連HP  大和内観研修所






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『ヨーガ修行記2008』第102話~内観編「夢」




 普段、目覚めの瞬間には忘れてしまう夢だが、
内観期間中は鮮明に覚えていた。
 臨床心理士でもある真栄城氏は夢を重視し、
朝一番の面接では、その夜に見た夢について話すように求めた。






 4日目の夢で私は、羊飼いの少年であった。
少年は荒野のなかで『北斗の拳』のケンシロウのような偉丈夫に出会った。
「この旅が終われば、あなたはパワーを手にするだろう」
と、偉丈夫は言い、羊飼いの私を導いた。




 この旅とは、内観のことであろうか?私は目覚めと共に思った。
だとすれば偉丈夫は真栄城氏だ。氏を信じていいのだ。






 5日目では、そのふたりが再登場し、イルカの葬儀に参列している。
墓標として古びた自転車が置かれ、
後輪からは腸(はらわた)の様なチューブがむき出しになっていた。




 葬儀や古びた自転車、後輪からむき出しになるチューブから、
私の秘められた過去が明らかにされることが連想された。






 6日目には、おぞましい木彫りの鬼が登場した。
「ワシに用がないのから、もう帰るよ」
と言うのを私は懸命に引きとめた。




 私のなかの醜く愚かな部分が、あの鬼ではないかと思った。
目を背けてはいけない、それどころか大切な要素だと夢は教えてくれている。








 内観で私が辿った道を、こうして夢も併走し、
時には示唆を与えながら進んでいくことを強く感じた。






 そして、内観最終日を前に見た夢。




 菩薩の顔が私の視界に広がり、微笑んだ!
ぱあっとまばゆい光が私に照射された。
「ありのままの貴方でいいのですよ」
と菩薩は伝えた。




 



                   ~第103話に続く~









関連ページ 『ヨーガ修行記2008』~これまでの話








 



『ヨーガ修行記2008』第101話~内観編「輪は閉じた」
 


 父は悪者ではなかった。
父は問題ですらなかった。
全ては私自身のココロの在り様にあったのだ。




 私は自分が見たいように見ていた。
歪んだ目で、自分や他者を、過去を、世界を見ていた。







 
 内観の一連の流れで、少しずつあらわになったことがある。
それは自分ひとりの力で人生を生き抜いてきたかのような、
私の思い上がった姿だった。


 



 私は小学校高学年から新聞配達のバイトをはじめた。
それには憧れに近い動機があった。
当時、私は漫画『キャプテン翼』に夢中になった。
そこで主人公のライバルがやっていたのが新聞配達だった。
私も彼のように家族を助け、足腰を鍛えることができる。




 また、本の虫であった私は、豊臣秀吉や文豪吉川英治が
下積みの時代にありとあらゆる仕事に携わることで社会経験を積み、
のちのちの人生に役立てたくだりを読んでいた。
私もそれに習おうとしたのである。




 それにしても、小学生の私などよく雇ってくれたと思う。
いまにして思えば配達店の方の温情を感じるのだ。





 
 その後、様々なバイトをした。
社会人になるまでざっと30種以上はやっただろうか。
これが私の自慢だった。




 「でも、別段たいしたことではないのだ」
と、屏風のなかで私は思った。


 結果、経済力も社会人としての巧緻性も
それほど磨かれたとは思えない。
 

 それどころか私は、
「小さい頃から俺は苦労をしているのだ」
「俺は周りとは違うのだ」
という奇妙な自負心を膨らませた。




 この自負心が私をして、恩知らずな生き方を選ばせた。
周りの温かい支えの見えず、私自身の手で豊かなはずの世界を小さくさせていたのだ。








 「嗚呼、最後の最後ですべてのつじつまが合った」
と、私は思った。


 

 輪は閉じた。








 午後9時の定刻に私は屏風から出て、洗面をすますと布団を敷いた。
私は思う存分手足を伸ばした。そして布団の中で右へ左へと転がった。
精神力の消耗は激しい。そのまま私は深い眠りへと落ちていった。








                   ~第102話に続く~









関連ページ 『ヨーガ修行記2008』~これまでの話














『ヨーガ修行記2008』第100話~内観編「激震」


 



 決定的な記憶、それは母が父との離婚を私に打ち明けた場面だ。
中学生の私は、泣きながら母にこう言っていた。




 「もう、父さんと会えなくなるの?」




 「まさか、ありえない!」私は屏風の中で首を振った。
 酒におぼれた父を、家庭を顧みない父を、
あのときの私は少なくとも嫌っていたはずだ。




 だが記憶の中の私は、母の決断を了承しながらも、
父と会えなくなることを心配している。



 




 父との良き記憶、それはあのキャッチボールくらいだろうと思っていた。
だが、内観6日目に入り、それを覆すいくつもの記憶が浮上した。




 そしてあの場面、想像もしなかった台詞…。
中学生の私は父のことが好きだったのだ!
屏風の中で私はもだえた。








 それでは、一体なぜ、父との良き記憶が閉ざされ、
父への想いが歪められていたのだろうか?

 
 私は瞑想を深めた。
そして、なぞは解けた。






 離婚後、子ども3人をかかえ苦労する母を見た。
そこで父を恨む思いが芽生えた。




 私は高校へ進学した。時代はまさにバブル絶頂期にあった。
制服がないため生徒たちは、ブランド品を身に着けお洒落を競っていた。
 家が貧しい私にはとても真似できることではなかった。
そこで私はこう思ったのである。
「父のせいだ」と。
 





 このあたりが始まりだった。
その後の人生でうまくいかなかったこと、
人生でのつまずきすべてを、父のせいにしたのである。




 父は私のなかで悪者となった。
そのためには父との良き記憶は邪魔になった。
記憶は私のココロの奥底に沈められ、封印されたのである。


 これらの作業は無意識のうちに進められた。






 なんということだ!
激震ともいえる気づきだった。


 わずか三十余という短い私の歴史、
それすらも直視することができず、
捻じ曲げてしまっていたのだ。








                   ~第101話に続く~









関連ページ 『ヨーガ修行記2008』~これまでの話









『ヨーガ修行記2008』第99話~内観編「閉ざされた記憶」
 



 内観6日目。






 私が小学4年生のとき、母は胃潰瘍で入院した。
父の取引先が不渡りを出した時期であり、
ストレスが母を蝕んだのだろう。
 

 術後、容態は安定せず入院期間が延びた。
私たち兄弟は毎日見舞いに出かけた。






 私は屏風の中でふと疑問に思った。
「ではその間、誰が家事を担ったのだろうか?」
 



 私はココロのなかをじっくり探っていった。
そうしてたどり着いたイメージ。
台所に立つうしろ姿…。何と、それは父だった!






 突如、父の記憶が次から次へと甦ってきた。




 飼育していた金魚の大きな水槽を風呂場で洗っている父。
洗面台でひげをそりながら下手くそな鼻歌を歌っている父。
私たちと食卓を囲み、気分よくビールを飲んでいる父。




 あの父が私たちの家庭にいる!




 そして父の軽トラの助手席を思い出した。
匂いも、シートの感触も!


 父は私をよく仕事現場に連れて行ってくれた、軽トラに乗せて。
ハンドルを握りながらマイルドセブンをふかす父の横顔。
 「仕事には準備・段取りが何よりも大切だ」と教えてくれた。
父の語りには大工の棟梁としての誇りにあふれていた。




 そうだった!私はあの助手席が大好きだった。
そこに座ることが、まるで大人の仲間入りであるかのように思えたのだ。






 地元のお祭りで神輿を担ぐ父の勇ましい姿があった。


 嗚呼、ボーイスカウトのキャンプに父が手伝いに来ている。
私が中学生のときだ。





  
 そして、私にとって決定的な記憶が浮上する。








                   ~第100話に続く~









関連ページ 『ヨーガ修行記2008』~これまでの話










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