槇野進也YOGAダイアリー
ヨガ指導者がつづる 健康と幸せの流れに乗るブログ
DATE: 2010/12/01(水)   CATEGORY: 介護物語
介護復帰 2
 介護復帰にあたり、派遣会社に依頼することにした。
非常勤の場合は派遣会社を仲介することが主流になっている。
 社会的に話題になっていた「派遣」だが、
まさか自分がそれを利用することになるとは思ってもみなかった。




 「こういう現場は嫌だ、とかありますか?」と、職員に訊ねられた。




 働き場としては介護施設だけでも、特養、老健、療養型の3つがあり、
他にも病院や有料老人施設、グループホームなど多数あった。
また私が持つ資格では、生活面のサポートをする介護士や
ケアマネージャーとしての仕事などが可能だ。




 私は「どこでも結構です」と、短く答えた。




 できるだけ良い環境、良い条件のなかで働きたいと思うのが普通だが、
私の場合は可笑しなことに、それを求めていたわけではなかった。
心の訓練として「劣悪な環境でもそれもまた良し」という心境であった。








 そうして私に与えられたのは、
介護老人保健施設(老健)での介護士としての仕事だった。
 老健は病院と家庭をつなぐ役割を果たすとされ、
医療面の管理やリハビリを一定期間受けたあと、在宅に復帰する。
 だが、実際には「特養ホーム待機場所」と呼ばれ、
長期利用者も少なくない。






 私が働く老健施設は、横浜郊外の丘陵地帯にあった。
近年開発されたこの場所には、高級マンションや
一戸建ての住居がまだ新しい姿で立ち並んでいた。
 

 この老健も5年前にオープンしたばかりだった。
同じグループの総合病院が隣に並んでおり、このことは私を安心させた。
介護従事者は高齢者の急変という事態に対処することもあるからだ。




 私の現場への第一印象は「そこは地獄ではないが、天国でもない」といったもの。
劣悪ではなかったが、やはりスタッフたちは緊張感を漂わせて、
バタバタと走り回っていた。人手が足りないらしい。


 「どこでもおなじかな」と、私は思った。






 私は1週間を3つにわけることにした。
ひとつはヨーガやマッサージの仕事に、
ひとつはヨーガやマッサージの修練や教学に
ひとつは介護の仕事に。




 

 さて、私は3色ボールペンとメモ張を用意して新しい職場に入った。
2年ぶりの介護復帰となる。













DATE: 2010/11/30(火)   CATEGORY: 介護物語
介護復帰 1

 2009年2月。




 鎌倉に住もうと決めた私は、紹介を受け3つの物件を見て回った。
いずれも悪くはなかったが、なぜか私のなかでしっくりこないでいた。
すると帰りの車中で、不動産屋さんが急に思い出したのだ。
「あっ、もう1件ご覧になりますか?少し、変わった物件ですが…」




 それが今の私の住まいとなった。
私は一目でそこに惚れてしまったのだ。








 鎌倉でまもなく2回目の新年を迎えようとしている。
その間いろいろな出来事が起きた。
 そのほとんどは私が当初に計画していたことではなかった。
あの住まい探しのような思いがけない出来事の数々。
 もしかしたら私のちっぽけな頭の中を越えたところで、
何か別の大きなプランが動いているのかもしれない。
高みから眺めてみると、まさに完璧だと思えるような。






 私は高齢者介護の最前線で8年間を過ごした。
その後、ヨーガ修行の旅に出た。

 


 それからも介護の世界については、ときおり想うことがあった。
私はもうあの世界を卒業してしまったのだろうか?
それともまた私の人生と交差するのだろうか?




 私は鎌倉を拠点にヨーガ指導とタイ古式マッサージの仕事を始めた。
ゆったりとした時間の中であらわれる「学び」や「気づき」、そして「癒し」、
 受けて下さる方々から少なからず良い反応があった。
住まいも鎌倉の環境も申し分なかった。


 私は幸せだった。






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ヴィラバドラ・アーサナ2







 だが、修行者としての自分の想いが騒ぐのだろうか。
「いまこうして穏やかなマインドで暮らしているが、
これは本物なのだろうか?単に環境に恵まれているだけではないか」
という疑問がふつふつと湧いてきたのだ。
 やがて私は「厳しい場のなかに自分を置いて、心を鍛えたい」
と、願うようになった。


 そのとき、介護の世界が再び目の前にチラついた。






 介護保険法が制定されてから10年。
財政難、山積する課題、急増する高齢者、
 改善が進まない就業条件のなかで介護従事者たちは、
いまだワタワタと走り回っている。








 私の大好きなマザーテレサの言葉がある。






「 親切で慈しみ深くありなさい。
あなたに出会った人がだれでも
前よりももっと気持ちよく
明るくなって帰るようにしなさい
親切があなたの表情に
まなざしに、ほほえみに
温かく声をかける言葉にあらわれるように
子どもにも貧しい人にも
苦しんでいる孤独な人すべてに
いつでもよろこびにあふれた笑顔をむけなさい
世話するだけでなく
あなたの心を与えなさい 」






 「これがあの環境の中においても実践できれば,
どれだけ素晴らしいだろうか」
と、私は思った。
 美しい言葉だけに、その実現の困難さは想像がついた。
だが、それでも理想に向かうことをあきらめたくない。



 ヨーガの聖典『バガバッド・ギーター』では、日常生活を修行の場ととらえ、
善行に励み、見返りを求めず人々のために奉仕するカルマ・ヨーガが説かれている。






 私は介護現場への復帰を決意した。
それは、今からちょうど1年前のことだった。






DATE: 2010/03/13(土)   CATEGORY: 介護物語
『トイレの神様』 植村花菜

 感涙必須です。
わずか10分間に、ご自身の半世紀と
おばあちゃんの言葉や思い出を込められるなんて、
やはり音楽は偉大です。














DATE: 2009/08/11(火)   CATEGORY: 介護物語
『手紙 親愛なる子供たちへ』 樋口了一
 友人が素晴らしい歌を紹介してくれました。

 
 お盆に入るいま、このような歌に
耳を傾けるのもいいかもしれません。
祖母や、母のこと、介護の世界で出会った方々を
私は思い、涙せずにはいられませんでした。








 歌詞です。





 年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい


 私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい


 あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた


 悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい


 楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを


 悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい




 
 いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい


 私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです


 あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい


 あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい


 私のこどもたちへ
 愛するこどもたちへ


                            』
 

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